「スピリチュアル」を批判する「科学者」たちの、誤解と思い込み【スピリチュアル批判書への反論】



苫米地英人氏のスピリチュアルへの誤解

今回から苫米地氏の著書を例に挙げて、
科学的思考をよしとするはずの人でも、

先入観や誤解、あるいは感情によって
スピリチュアルへの大幅に
誤った結論を導いていると思われる内容について、かなり詳しく説明しています。

人生の意味や生きがいについて、スピリチュアルが
参考になるかもと思ったものの、

こうした著書を読んで
「スピリチュアルもカルト宗教も狂信的で偏ったもので、

人生を踏み外すもとになりかねない」
と思ってしまう人がいると残念なので、

そうではないですよ、ということを一つ一つ反論しています。

なので、スピリチュアルをある程度理論的に納得したい人に、
向いている記事だと思います。
参考にしてください。

前回の記事では、科学的・論理的に考えて判断するための
最低限の必要な前提や条件についてお伝えしました。

そこでは、当人が「こうであるに違いない、こうであってほしい」という
価値観や感情が強すぎるあまり、それに反する情報を見ないふりして、
自分が信じたいものしか見ない、という偏りを示しています。

こうした偏見や思い込みは「無知で非科学的な人々」が犯しがちだという
イメージかもしれませんが、実際には、博士号を持つ立派な科学者や、医師や、
有名人でも同じような無知・偏見・誤解に基づく思い込みで、
とうとうと意見を主張してしまっている例も少なくありません。

その中でも、一般人に対して影響力が大きく、その分害も大きいと私が感じた
「科学者(あるいは科学的立場の人)」たちの著作を3つ挙げ、
どこに問題点があるのかを考察しました。

なお、私はこれらの著作の中で展開されている論考に疑問点を提示しているだけで、
別にその著者の人たちには何の恨みも憎しみもありません。

ただ影響力の大きい人達が、スピリチュアルに関してはごく初歩的な無知や誤解に
気づかず(あるいは、気づかないふりをして、でしょうか?)
「科学的」という名のもとに
実際には偏った結論を導いていることを非常に残念に思い、
読者の方々の一部でもそのカラクリに気づいてほしい、と思ったまでです。

代表作として、3冊挙げます。以下のものです。

  ①冊目『スピリチュアリズム』(苫米地英人著)
  ②冊目『スピリチュアルにはまる人、はまらない人』(香山リカ著)
  ③冊目『代替医療のトリック』(サイモン・シン他著)

今回はまず1冊目の本、『スピリチュアリズム』について解説します。
ただし、この1冊目だけでもかなり長くなるので、
何回かに分けての配信になると思います。

①『スピリチュアリズム』
(苫米地英人著、2007年刊)

これは脳機能学者で、オウム真理教の信者の脱洗脳に貢献したという
著者による、昨今のスピリチュアリズムの批判書です。

上智大学卒で、宗教について詳しいとのことですが、
スピリチュアリズムに関する記述にはいくつか誤解や思い込みがあり、
そのために主張内容に誤りや矛盾が見受けられます。

まず、苫米地氏がスピリチュアリズムを批判する理由は、
大別して以下の3つにまとめられます。

 

苫米地英人氏がスピリチュアルを批判する3大理由とは

(1)スピリチュアリズム最大の教えである輪廻転生思想が
  差別や大量虐殺につながる。

(2)スピリチュアリズムにおいては「来世利益」ばかり重んじ
現在の人生を軽視するから、現在の自分の状況を変えようと
努力しなくなったり、「生まれ変われば良いから」と自殺する人まで出る。

(3)スピリチュアリズム=カルトであり、カルトに頼り
  思考停止してしまっては、本当の安らぎ(幸せ)を得られない。

それぞれ、順に説明していきます。

(1)スピリチュアリズム最大の教えである
  輪廻転生思想が、差別や大量虐殺につながる。

より詳しく述べると、以下のようになります:
スピリチュアリズム最大の教えである輪廻転生思想は、三大宗教
(キリスト教、イスラム教、仏教)では否定されている。
なぜなら、この思想は選民・差別思想を生み、
実際カースト制度やナチスによるユダヤ人虐殺につながったからである、
という主張です。

以下は、著書からの一部引用です。

運命の法則は、たいていカルマの法則とワンセットになっています。
カルトにはよくある論理で、彼(つまり江原啓之氏ですね)は
「運命と宿命は違いますよ」という言い方をしています。
宿命は先に決まっているけれど、運命は自分である程度選択できる余地があるから、
宿命は変えられないけど運命は変えられる。その余地は宿業によって決まる。(中略)
これが、自分が努力しても宿命は変えられないという
カースト制度を生み出す元凶なんです。

別のページでは、こんなふうにも述べています。

江原さんの著書でも同様なこと(つまり霊魂の不滅、輪廻転生、
本人の業=カルマによる霊的ステージに階層があること)が
中心教義のひとつとして書かれています。

曰く、現在苦しみを経験しているのは、「魂を磨く」ためであり、
私たちは、そのためにこの世に生まれ、その苦しみをしっかりと経験すれば、
来世にすばらしいことがあるというのが、
彼の論理における「カルマの法則」というものです。

と主張しています。



確かに、「宿命は変えられないが、運命は変えられる」とは、
よくスピリチュアリズムでいわれていることですが、その心は――
つまりその表現で本当に伝えたいメッセージとは、


例えば自分が何年何月何日にどこで、どんな両親のもとに生まれたか、そして
自分の性別・人種・国籍といった先天的なものは変えられない、だが
(たとえ不利な生育環境であったにせよ)それを自覚し改善の努力をすることで、
ある程度自分のその後の人生の方向性(運命)は変えられる、
だからより良い人生を手に入れることをあきらめるな、というものなのです。

ちなみに1993年から12年間(つまり長者番付発表が中止になるまで)、
納税額連続日本一を達成した斎藤一人氏は
(しかも多くの他の億万長者と違い、納税額は不動産や株式収入ではなく、
全て事業所得によって得たものなのですが)、この斎藤氏は
同時に子供時代から霊感が非常に強い、かなりスピリチュアルな人でもあります。
その斎藤氏も、宿命と運命について、以下の喩えで説明しています。

「麻雀やポーカーで、最初に配られた牌(パイ)やカードに文句を言っていてもしょうがないよ。
手持ちのカードで精一杯工夫して、勝てるようにするしかないだろう?
生まれ持った運命に文句いってる場合じゃないんだよ」。

斎藤氏自身、子供時代から病弱で、医者に何度も「この子は長生きできない」といわれ、
また有名な占い師には「こりゃ、生涯貧乏な手相だね」といわれたが気にしなかった、
勉強ができなかったので義務教育をかろうじて終えた後は土方から仕事を始めた
とのことですが、
現在の物心ともに超豊かなことを見れば、「最初に配られた手」(つまり宿命)は
引き受けつつ、
自ら行動することで「運命」を開いていくことがいかに重要かがわかります。

ちなみにインドの階級制度カーストは、輪廻転生思想を持つヒンズー教の聖典
「マヌ法典」でも明確化されており、確かに、
連綿と続く差別制度を正当化する思想的基盤となっています。
ただしその最初の起源はというと、別の事情が見えてきます。

インドの地にBC15世紀に侵入したアーリア人は白色人種、
トラヴィダ族など先住民は肌の色の濃い人種でした。

カースト制度の4つの身分を総称して「ヴァルナ」(四姓制度)といいますが、
ヴァルナとはサンスクリット語で「色」の意味。
つまり、カーストは肌の色の違いに基づく差別なのです
(『3日でわかる宗教』ダイヤモンド社)。

差別といえば、最も古くからある差別の一つは性差別ですが、
これもその時代ごとの宗教・思想・文化の中で醸成されてきたものであり、
だからこそ近年になってアメリカをはじめとしてフェミニズム運動が
この数十年連綿と続けられ、ここ最近になってようやく社会制度上も、人々の意識上も平等が根付きつつあるというところでしょう。

差別はどんな時にでも人の心に容易に生じてしまう心の性質の一つであり、
カルト宗教やスピリチュアリズムだけが元凶というのは真実ではありません。

また、近世日本に幅を利かせていた身分制度である士農工商は、
豊臣秀吉の兵農分離から始まり、
徳川幕府において、その下位身分であるえた・非人を設定することで
その上の身分の者たちの不満を逸らす目的があったというのが、私たちが習った日本史です(一部では、賤民は近世以前にも自然発生していたという著書もあります)。

つまり、どんな哲学・思想・宗教も、上に立つ為政者がそれを利用しようとすれば、
民衆支配の道具としてすり替え、誤った内容を植えつけることで、
それが真実であるかのように思わせてしまうことができます。
そのような「間違った運用」の問題なのに、
元の思想を過ちのように断定するのは問題です。

(2)スピリチュアリズムにおいては「来世利益」ばかり重んじ現在の人生を軽視するから、現在の自分の状況を変えようと努力しなくなったり、
「生まれ変われば良いから」
と自殺する人まで出た。

更には「こんな低レベルの魂の人は、殺してもっとレベルを上げてやったほうが、
本人のためである」という考えに至ったオウム思想に行き着く。

以下、引用します。

あの世が主でこの世は単なる幻である。
つまり、この世はトレーニング・グラウンドで本チャンの試合場は「あの世」だ
という考え方です。
オウムもそうだし江原氏の本にもそう書いてあります。
「カルマを解消するためにこの世にやってくる」、
「しかし本チャンの生きる世界はあっち(つまりあの世である)」。
結局、チベット密教の純粋な空の思想、
そこにスピリチュアリズムは直結しやすいんです。
そこが危険だと私は言うわけです。
スピリチュアリズムの人は、口では必ず「でもちゃんとこの世に貢献しなきゃ」
と言うのですが、実はこの世のことはどうでもいいと思っているのです。
これこそポアの論理でありチベット密教のそのものの論理です。
表向きはオブラートにくるんではいますが
「この世はどうでもいい」と現世利益を否定しますから、
最後は非常に危ないところまで行くわけです。

この主張には、以下のような誤りがあります。
確かに「人間の本質は、肉体をまとったこの世の生活ではなく、
魂としてのあの世にある」
ということはスピリチュアリズムでいいますが、
じゃあこの世は余計な付け足しで重要度が低いものなのか、というと真逆です。

すなわち、本来だったら別にこの世に生まれなくてはならない「義務」は
ないのですが、
魂はより向上したいという意欲があるから、
わざわざ困難なことも多いことがわかっているこの世に、あえて生まれてくる、
とスピリチュアリズムでは説明しています。

ホスピス医である友人、森津純子氏がその著書『僕が僕に還る旅』の中で、
転生はロール・プレイング・ゲームのようなものである、という喩えを
(私が知る限り、最初に)使っていますが、
これは「なぜわざわざこの世に何度も生まれてくるのか」ということの
動機の本質をとても上手く伝えていると思うので、
私の方で少し具体的な補足説明もしながら、紹介したいと思います。

かつてのファミコン、現在ではパソコンやスマホなどでロール・プレイング・ゲーム(RPG)をしたことのある人は多いと思いますが、
こうしたゲームに、時には徹夜してでも最後までついやり通してしまうこと、
あるいはそうしたい強い衝動を感じた人はかなりいるでしょう。

特に人気のゲームは、最後のゴール達成まで、寝食忘れ、
トイレもがまんしてまで熱中してしまいます。

このように「ハマる」理由は何でしょうか?
それは、自分がゲームをしていく中で、「武器」や「魔法」などの「力」を
次第に手に入れ、

より手ごわい敵を打ち倒せるようになり、
最初は全く手の届かないところにあるように感じられた目標
(それは悪魔の手に捕らえられたお姫様を救出する、というのが最も典型的ですが)
に一歩一歩近づきつつあるという、わくわくした期待感と充実感でしょう。

途中で判断を誤って主人公が死に、ゲームオーバーになると悔しくて、
またすぐに始めてしまったりもします。
またこの冒険の道中で、心から信頼しあえる仲間と出会ったり、
その中で対人関係への理解がより深まるといった副効用もあったりして、
もうそのゲームの世界が
一時は自分の最もリアルな現実のようにさえ感じられます。

このためついにゴールを達成したあかつきには、嬉しさと達成感の反面、
「あ~、終わってしまった、あのめくるめく世界はもう、味わえない」
と、一時的にしろ落ち込んでしまうことさえあります。
そしてしばらくすると別のRPGを探し出し、また挑戦を始めたりするのです。

それほどまでに、たとえ「仮想世界」であっても入れ込んでしまうことがあるのです。
冷静に考えれば、ゲームなど全くしなくとも、人生は支障なく送れます。
それなのにあえて何度も挑戦するのは、その世界の中での
「経験による進歩と感動」を実感するからです。

困難な山の登頂を目指す登山家や、いわゆる冒険家などもそうでしょう。
山好きの人でも、登山中は苦しいことだらけで
「今回無事下山できたら、もう二度と登山なんかしない」と誓うほどなのに、
登頂時の感激と達成感を味わい下山すると、登山中の困難でさえ懐かしく思え、
体力が回復するや否や、すぐに次の登山計画を実行し始めるのです。

また犬ぞりで単身、北極点を目指して死にそうになりながら進む冒険家なども、
理屈だけで考えればそんな無理をする必要は全くないのに、
そうした行為に生涯を捧げるのです。

もちろん「この世」はゲームでなく、現実です。
本当に病気や怪我をするし、周りから傷つけられたりして、
肉体的にも精神的にも激しい痛みを体験します。
判断を誤れば本当に死んでしまうでしょう。

自分の未熟な言動で他人を傷つけてしまい、後々まで後悔という苦しみを味わったり、
自身の心身や成育環境が非常に不利で、人並み以上の苦労が多い生活かもしれません。
愛する大切な人を理不尽としか思えない理由で亡くし、世の中や神を恨み、
憎んで過ごす日々を経験するかもしれません。

しかし同時にまた、この世だからこその幸せ感、
例えば「美味しい」「気持ち良い」といった、
肉体を持つからこそ可能な五感の体験もあります。

また、普段他人とわかりあうことが難しいからこそ、
相手と心から通じたときの感動や至福は
「魂だけの存在で、互いの意思も瞬時にわかりあえる」
とされる「あの世」では、体験できないものなのです。

更に、この世での経験を積むうちに心が成長すると
「苦しい体験を通して自分の課題に気づき、
以後更に改善していくための学びに利用する」
といった応用技も身につけられるようになり、
そうするとこの世の一見「悪い」体験にも
以前ほど振り回されず、より早くそこから脱せるようになります。

こうして徐々に手に入れる心の強さと平安は自尊心の源ともなり、
自身の成長の成果として、とても貴重な宝となっていくのです。

このように、「あの世の、本当の自分」を充実させるためにこそ
あえて「この世」に生まれてくるのであり、
現世をないがしろにしては意味がありません。

「どうせ生まれ変わるから」と自殺する人の出現に対してするべきは、

スピリチュアリズムの排除ではなく、大人が正しいスピリチュアリズム
(あるいは彼らが真実と信じる他の思想なり宗教なり)を正しく
子供たちに教えることでしょう。

キリスト教など、大昔からある宗教でも、自然には
なかなかその真意や心が理解しきれないので、
制度として礼拝や、日曜学校や聖書研究、そこでの牧師による説教など、
日常的・継続的な教育がなされます。

スピリチュアリズムなら出回っている本で理解できるはずだ、
問題行動が生じたらそれはスピリチュアリズムの教えのせいだというのは、
短絡的過ぎます。

実際、コネティカット大学医学部精神科のブルース・グレイソン教授は
臨死体験をした自殺未遂者の調査の結果、彼らが二度と自殺しようとは
考えないことが判明したのです。

その理由としてグレイソン氏は、「死が終わりではない」ということを知った結果、
あるいは
「何らかの理由で自分は死後の世界から送り出されたのだ」
と信じることからくる効果であると分析し、この効果によって、
人は自分自身をより許容できるようになり
「自殺が問題からの逃げ道にはならないのだ」という事実を
知るようになることを指摘しています。
(これは『バーバラ・ハリスの臨死体験』という本に述べられています )。

またエモリー大学心臓学教室のマイケル・B・セイボム博士は、
臨死体験者たちに共通する心理的効果について、次のように結論付けています。
(これは 『あの世からの帰還』 という本に記載されています)。

「その人の人生に、死と『来世』に対する新しい考え方が定着すると、
毎日毎日を一生懸命に生きようとする気持ちがあらわれることが多い。
末期状態にある患者や死を目前にした患者がこのような気持ちを抱くと、
『今、この時』を精一杯生きようという気持ちになり、
死や未知なるものに対する恐怖にとらわれることがなくなるのである。

臨死体験をしたからといって、現実の死が迫ってくることを否定したり、
一刻もはやく死にたいと願ったりするようになるわけではない。
むしろ逆に、生や死を理屈抜きで受け入れることができるようになり、
その結果、『生きる意志』があらためて強化されるのである」

と述べています。

同様に、「ポア」も元の思想の誤解や曲解から暴走したものであって、
スピリチュアリズムそのものに責任を負わせるべきものではありません。

臨死体験が心理的に及ぼす深い効果については、後の章でも改めて述べます。


ちなみに、同じように江原氏をはじめとするスピリチュアルを批判した
香山リカ氏の著書では、逆に
「スピリチュアルは現世主義(現世利益中心)である」
と主張しています。
同じ対象なのに、なぜ結論が正反対になるのでしょうか?

その理由は、両氏ともスピリチュアリズムの教える内容を
十分に把握していないからだと考えますが、その詳細は後に述べます。

ところで、例えば江原氏がいうような霊界の階層性(幽現界、幽界、霊界、神界)や、
ロバート・モンロー氏がいうような階層性(フォーカス15とか、27とか…)が実際にあるのかどうかなどは、私の中ではあまり関心がありません。

「前世」があるかどうかや、それがどんな内容のものかは
その人のその時点の認識力・理解力でかなり変わりうるものであり、
果たして唯一の姿があるのかは、疑問に思います。

この辺りは後の章、「意識の進化」について
私なりの考えをまとめた中で改めて述べたいと思います。


長くなりましたので、苫米地氏の
(3)番目以降の項目解説は、次回の動画で行ないます。

<参考図書>
『スピリチュアリズム』(苫米地英人著、2007年刊)https://amzn.to/2Lm7Emw 
『3日でわかる宗教』https://amzn.to/2YakTxB 
『バーバラ・ハリスの臨死体験』https://amzn.to/33aswHx
『あの世からの帰還』https://amzn.to/39Gn8Nm



コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


ABOUTこの記事をかいた人

ホリスティック(※)精神科医として、できるだけ薬を使わずメンタル改善する方法を様々に模索し、相談者にご提供してきました。このブログではその中でも特にアート(特に絵画療法)のエッセンスを通じてあなたが自己ヒーリングできるように工夫した情報を発信していきます。 ーーーーー ※ホリスティック:「統合的、総合的な」という意味。ここでは薬物療法オンリーの従来型精神医学の限界を突破するために深層心理学、催眠療法(ヒプノセラピー)その他のスピリチュアル、アロマセラピー、そして精神症状を改善するエビデンスのある分子整合(オーソモレキュラー)栄養療法を通じてメンタル不調を改善することを指します。