緑は癒やしの色

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心身が疲れた時、消耗したな、行き詰まったなと感じた時、
自然の中に出かけたくなるのは、人の欲求の1つです。

自然に癒しを求める際、大きく分けて「海派」と「山派」がいることでしょうし、どちらも大好きという人もいるでしょう。

海に関連する様々な「青色」による効果については
青は理性と論理の色」にもちらっと書きましたが、
青を白で薄めた空色(水色)が、特に癒やしの要素を持ちます。

空色(水色)の特徴

・広く浅い人間関係で、深いつながりには欠けるが、
その分、他者が自分の個人領域に入り込んで来ないので
距離感と(それに伴う)安心感を得られる

・「世の中にはいろんな価値観があるし、その多様さでOKなんだ」
という、良い意味の「いいかげん」さ、寛容さ、適当さの世界である

・「水」が象徴する、「流れる、浄化する」といったクリーニング作用

といったものです。

一方、緑の癒やしは、山、森林、植物などの発する雰囲気、緑色が持つもので、一言でいうと

芽吹き、成長といった生命力

ということになります。

そして「黄色」なので、
理性や論理思考という左脳的な力と、まんべんなく誰とも平等につながりたいという感情面の中間。

つまりそこそこ温かな感情的つながりはあるが過剰ではなく、
ほどほどの割り切り感もある関係・距離感
ということになります。

身近な人間関係の例でいうなら、
例えば「割と気の合う数人のクラスメイトたちとなんとなく過ごしているとき」のイメージ。

比較するために述べると、出席簿の名簿順で、前後や隣の机の生徒と事務的なやり取り(プリントを配る、受け取る、ちょっとした分担作業をする)をするなどは、自分や相手の好き嫌いや価値観に無関係(というか、そもそも知らないところで)行なうことなので、「水色」の関係

これに対して、同じクラスにたまたま所属しているという受け身の出発点は同じだが、その中でも自然と好みでゆるやかに惹かれ合い、一緒に過ごす頻度が増えている状態が「緑」の関係性といえます。

例えば好きなアニメやTV番組が同じ、ファッションが似ている、好みの異性や趣味が共通、などが典型的。

自分が疲れているなどエネルギーレベルが低下している時には「緑」の人間関係は保護されている感があるし、楽だし、安心感がある。

しかし自分のエネルギーレベルが回復し、もっと活発に違う世界に出て行きたい、意見交換したいと思うようになる頃には、そうした「慣れ親しんだ仲良しグループ」は、次第に重荷になってきます。

もちろん、「オレンジは人情の色」にあるような、より濃くて束縛感のある関係性ではないので、自分の意思一つでいつでもその関係の輪から出ていけるし、後日また何食わぬ顔で戻ることも可能。
その意味で、ほどほどに無責任で気楽、といえます。

ところで、この「緑」による癒やしの原動力が生命力なので、成長します

成長とは「古いものが死に、新たなものに変わっていく」という「死と再生」でもあるので、
実は「癒やし」といいつつ、ある種の強制力、調整力、
そして有無をいわせない力、という要素もあります。

例えば原始林に踏み込んだとしましょう。

周りは日光をさえぎるほどの巨木たちが生えており、うっそうと枝葉が茂っています。
老いた樹木は朽ち果て、腐る。
しかしその根本からはひこ生えが、新芽が生え始めており、世代交代が始まっている。

森の動物達は草木の葉や実を食べ、
動けない植物たちよりも一見「強い」立場ですが、
実際には草木がないと動物は生きていけないし、

動物が死ぬとすぐに微生物が集まってきて分解し、
そこで生じた養分を植物たちが吸い上げて自分たちを成長させる・・・。

私たち動物は、植物たちに「分解され、食べられている」ともいえるのです。

つまり緑とは周りを癒やすと同時に、周りからさまざまな要素を「頓着せずに取り入れ、吸収し、自分のものにする」という、したたかな生命力でもあるのです。

これはまた、以下の表現でも説明できます。

色のスペクトラム(色相幅)において、緑は赤をはじめとする暖色系と青・紫をはじめとする寒色系のちょうど中間。
つまり、暖色と寒色の融和、融合の作用の色であると。

いいかえれば、二項対立の反対要素を橋渡しし、融合させる役割なのです。

緑色の欠点とその補い方

緑色は反対要素をどちらも否定せず取り込むのですが、その分、悪くすると
「どっちつかず、中途半端」
「意思がはっきりしない人、八方美人」
と見られかねません。

本人としては「どっちの言い分にもそれぞれうなずける要素があるので、その部分についてはどちらにも同意できる」というスタンスなので矛盾もないのですが、周りから見ると「日和見主義者」とみなされたりします。

また、対立するそれぞれの立場の人たちの感情面もある程度共感できてしまうため、相手に振り回されやすい、関係性に縛られやすいという部分もあります。

黄緑色について(補足)

この、「相手の気持ちがわかり過ぎて振り回されやすい」のが特に目立つようになると、これはもう、緑色というよりは、より黄色の強まった「黄緑色」の領域になります。

「黄緑色」レベルの人の場合、もはや自分を一個人として(相手に比べて)あまり重要視していないため、相手に押されると結構やすやすと従ってしまいがち。

つまりかなり「弱気」といえます。

この弱気の背景には
「自分程度の人間は強く主張するほどの価値はない」
という劣等感、コンプレックスがあるので、
ずっとそのままだと本人的には発展性も独自性もない、
習慣や惰性で続いていく人生になりかねません。

ただし、その分他者に対する当たりは非常にソフトなので、
周囲からは結構好かれたりします
(厳密にいうと、重宝がられる、という関係性の方が多いのですが)。

「一生、他人のいいなりの人生なんて嫌だ!」ともしあなたが思うなら、
緑に喝を入れる色、つまり緑色の補色である赤色を活用すると良いでしょう。
赤の作用や活用法については「赤色は生命力」をご参照ください。

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ホリスティック(※)精神科医として、できるだけ薬を使わずメンタル改善する方法を様々に模索し、相談者にご提供してきました。このブログではその中でも特にアート(特に絵画療法)のエッセンスを通じてあなたが自己ヒーリングできるように工夫した情報を発信していきます。 ーーーーー ※ホリスティック:「統合的、総合的な」という意味。ここでは薬物療法オンリーの従来型精神医学の限界を突破するために深層心理学、催眠療法(ヒプノセラピー)その他のスピリチュアル、アロマセラピー、そして精神症状を改善するエビデンスのある分子整合(オーソモレキュラー)栄養療法を通じてメンタル不調を改善することを指します。