うつを修道院で治した事例

日本を代表する指揮者である小澤征爾氏は若き頃、ヨーロッパでの指揮者コンクールに応募するために単身で渡欧しました。

学生上がりでお金もない中だったので、複数の企業に交渉して、会社の広告宣伝をするという条件で投資してもらったのです。

考えついたのはスクーターかオートバイを提供してもらう代わりに
その宣伝をしながら現地を回る、という計画でした。

「スクーターかオートバイを借りるために、東京じゅうかけずり回った。
何軒回ったかしれない。

最後に、亡くなられた富士重工の松尾清秀氏の奥様のお世話で、
富士重工でラビットジュニア125cc の新型を手に入れることができた。
その時富士重工から出された条件は次のようなものだ。

一、日本国籍を明示すること。
一、音楽家であることを示すこと。
一、事故をおこさないこと。

この条件をかなえるために、ぼくは白いヘルメットにギターをかついて日の丸をつけたスクーターにまたがり、奇妙ないでたちの欧州行脚となったのである。」

https://www.webike.net/bike/13051/bike-review/ より。


現代ならクラウドファンディングなどで資金集めしたところでしょうが、当時は個人でお金を、しかも企業から集めるなんて、至難の技の時代。

その中でこうして結果を引き出せた行動力は、
素晴らしいですね。

そしてまだまだ海外旅行なんて一般化しておらず、
ましてや飛行機など庶民が使うのは現実的ではなかった時代。

なので、単独で2ヶ月かけての、貨物船に乗っての船旅です。

初めて親元を離れ、言葉も文化も異なる中で無我夢中で迎えたコンテストで優勝するのですからさすがとしかいいようがありません。

ただ…無理がたたって、渡欧10ヶ月後には異変を感じるようになります。

小澤氏はそれを「ホームシック」と述べていますが医学的にいうと「荷下ろしうつ病」(非常に頑張り続けたものが一段落したタイミングで発症するうつ病)に近い状態だったと思われます。

「本場のブドー酒を飲んでもうまく感じられない。
美人も急に目に入らなくなった」

とのことで、基本的な意欲や欲求が減退した状態になっていたとみられます。

で、本人は受診したのですが、医師が勧めたのが転地療養

小澤氏がお金がないと伝えると、では修道院に行くように、といわれます。

「あそこなんら思う存分アタマをひやしてこられる。
しかもただでめしを食わして泊めてくれる」

から、とのことでした。

医師に紹介状を書いてもらい、到着したのは、日本でもバターやクッキーなどで知られている「トラピスト修道院」の本家でした。
フランス北西部のノルマンディー地方にあります。

著書の記述から推測すると、おそらく12月10日頃の到着。
クリスマス前の時期というのもあり、じっとしていると凍えそうな寒さだった様子。

そこでほかの修道僧たちと同様、ほぼ一日中労働に勤しむことにしたのです。

いわく、「薪を山から、馬で下ろしたり、豚のエサ運びなど、一生懸命やった」とのことです。

あとは(修道院なので)聖歌隊での賛美歌合唱

これは、身体(神経)を刺激することで心を活性化する治療法行動療法だったといえます。

そこに含まれる重要な要素は、以下の点だったでしょう。

ーーーーー

・社会から隔絶された環境で、余計な情報や対人関係ストレスを減らす

ごく質素な、自然の環境下で、早寝早起き(21時消灯、5時起床)。

・頭で余計な考えにふける間もなく労働(筋肉トレーニング)と合唱(深く呼吸する必要があるので自然と心肺トレーニングとなる)。

ーーーーー

この結果、そこを出る頃(おそらく約半月後)には回復し、その後の長い音楽活動へと、戻っていくことができたのです。

ウィキペディアより。

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ホリスティック(※)精神科医として、できるだけ薬を使わずメンタル改善する方法を様々に模索し、相談者にご提供してきました。このブログではその中でも特にアート(特に絵画療法)のエッセンスを通じてあなたが自己ヒーリングできるように工夫した情報を発信していきます。 ーーーーー ※ホリスティック:「統合的、総合的な」という意味。ここでは薬物療法オンリーの従来型精神医学の限界を突破するために深層心理学、催眠療法(ヒプノセラピー)その他のスピリチュアル、アロマセラピー、そして精神症状を改善するエビデンスのある分子整合(オーソモレキュラー)栄養療法を通じてメンタル不調を改善することを指します。