「反省」のし過ぎは不幸をもたらす

ある一日が終わった時、それを自分がどう受け止め、評価するか。
また、それを一過性の「たまたま」の出来事としてやりすごし、忘れてしまうのではなく、
毎回記録し、それを次に活かせるか。

これらによって、あなたのその後の人生の質がどんどん変わっていきます。
すなわち、幸福な方向に成長もできれば、
不幸なスパイラルにハマっていくこともできるのです。

毎日が、その分岐点になっています。
そう、ちょうど線路の切り替えポイント次第で、その後の進路が別方向になっていくように。

「転んでもタダでは起きない」と決意する

毎日生きていれば、いろんなことがあります。
嬉しいこと、嫌なこと、ショックなこと・・・。

人生において、いつ何が起きるかは、
自分ではほとんどコントロールできないことです。
もちろん、予想がつくことや、「こうすればこうなる」と考えられることは
自分が望む結果になりやすいように、行動をしようとするでしょう。

例えば、「●大学△学部に来春入学したかったら、
いつの時期までにこの程度の知識を修得しておかなくてはならない」
などです。

そのためにその大学が重視している科目を重点的に勉強したり、
過去問を繰り返し解いたり、模試を受けたりするのは、当然のことです。

それでも、予想外の因子は必ずあります。
例えば
・今年は去年までと出題傾向が大幅に変わった
・当日、インフルエンザで高熱を出してしまった
・当日大雪で、電車が止まってしまった

など。
これらは自分の側でどんなに用心していても、
いかんともしがたい部分があります。

そんな時
「自分はなんてツイていないんだ!」
「ここで不合格になったら、人生お先真っ暗だ!」
などと考えてしまうと緊張と不安が高まり、すると

脳のワーキングメモリー(有効に思考したり記憶・判断するための機能)
が低下し、実際に成績も下がってしまい、
ますます合格率も低下するし、

与えられた環境下で何をすればベストか、という
とっさの判断力もなくなり
自分が予想した通りの「最悪な」結果を呼び寄せてしまいます。

 

しかし同じ出来事が起きた時にも
「どうすれば、この状況で最善か?」
を考え、やれるところまでやってみる。

あるいは、残念ながらその日の希望がかなわないとわかった時
(上記の例なら、当日朝、受験会場に行けなかったし、
再試もないとわかった時)

「この状況での、良い面は何か?」
「この状況から、自分が学べる(成長できる)点は何か?」

を考えるように自分を普段から習慣づけておくと、
その後の気分だけでなく、身体の健康面も安定します。

心身が安定すれば対人関係も良くなるので、
そうした人からの縁で、役立つ情報がふと耳に入るかもしれないし、
落ち着いていると良い発想や行動力も出やすく
この意味でも現実的に最善の行動を取り、良い結果を手に入れやすくなるのです。

また、人がある時点で「これが最善だ」と思ってそれを目標として行動したとしても、
本当にそれが本人にとって最善なのかは、後からしかわからないことです。

例えばあなたが、
「公務員になるのが最も安定して、人生も安泰だから、
がんばって公務員試験を受けるのが良い」
と父母にいわれ、自分でもそうだなと納得し、その日に備えてきたとしましょう。

しかし当日、高熱で受験できなくなったとします。
1年浪人し翌年は受験はできたが、残念ながら不合格。

親は「2年も浪人させるお金はないから、
この春からは、受かった会社にどこでも良いから入るように」
と言ったとします。

その時、あなたは挫折感一杯で、
自己評価が低下しまうのは、無理もないことです。

「こんなにがんばったのに、ひどい!
どうせ自分なんて、恵まれた人生なんか望めないんだ」
と、つい考えてしまうのも、仕方ないでしょう。

ただし、その後何週間も何ヶ月も、あるいはそれ以上にわたり
ネガティブな気持ちのままに行動していたらどうなるでしょう?

たとえどこかの会社に入ることができても
「こんなレベルの低い会社、本来自分がいるべき場所じゃない」
などと斜に構えているので、同僚や上司にも距離を置くでしょうから、
コミュニケーションも不足しがちになり、その結果

・挨拶や世間話など、人間関係の潤滑油が足りず、
 常に職場の対人関係に緊張が強く、居心地が悪くなる
・周囲への「報告・連絡・相談」が後手後手になりやすいため、
 業務内容の習得が遅れがち
・仕事に身が入らないので、仕事に面白みを感じられず、勤務がひたすら苦痛

といった結果になるでしょう。

しかしもし受験に不合格になっても、しばらくしたら気を取り直し

「まあ、必ずしも公務員にすごく興味があってなりたいわけでもなかったのだから、他の世界を知る良いきっかけなのかもしれない」
「この会社の業務を通して、新しいことを学べるチャンスだから、
ベストをつくしてみよう」
「気の合う仲間もいるかもしれないし」

などと考えることができたら、どうでしょうか?

少なくとも、新業務を無心で勉強し習得しようという意欲や
新しい人間関係を受け入れ、なじもうという意思があるので、
「学生から新社会人へ」という、誰にも降りかかる
不安要素の高い時期を、乗り切りやすくなります。

また、その会社に入ることによって、
結婚相手や親友ができるかもしれません。

実際、同じように「不幸」なできごとに見舞われた人でも、
その後の対応によって人生がそのまま「不幸」の坂を転がり落ちる人と、
その出来事をきっかけに却って「幸運」をつかんだ人がいます。

これはある女性エッセイストが書いていた例ですが、
その人の知人が二人、どちらも人生の大事なタイミングで自動車事故に遭って大怪我をし、全治数ヶ月の入院を要するようになってしまったそうです。

ネガティブな思考グセが習慣化しているAさんは
「ひどい!自分は不運だ!」と運命を呪いながら入院生活を過ごし、
そのために心身の元気がなかなか回復せず、復職にも難儀しました。

一方、日頃から穏やかなポジティブさを身に着けているBさんは、
事故ではもちろんショックを受けましたが、
その後は徐々に、以下のように考えられるようになりました。

「今まで余裕もなく、睡眠時間を削って
セカセカしながら仕事や生活をしすぎていたなあ。
今回の事故だって、自分が急いでいたあまり
周囲への注意力が散漫になっていたのも、要因の一つだったと思う。

大きな骨折をして痛くて大変だし、
せっかく根(こん)をつめて進めて来た仕事も人に譲らざるを得なくなって残念だし、来週に迫っていた海外旅行も多額なキャンセル料がかかってしまい、ショックだけど、

でも死ぬことも重度障害にもならずに数カ月後には退院できそうとのことなので、ああ良かった、自分は幸運だった。

この上は、せめて自分が抜けたことで関係者にかける迷惑が
できるだけ減らせるように、上手く連絡をしよう。

これまで1人で抱え込んで無理をしていた仕事のやり方を変えて、
極力同僚や後輩に分業してもらう基準づくりをしよう。

なにせどこにも出られず、時間は久しぶりにタップリあるし、
ノートパソコンやタブレットを活用すればそれなりに
書類を整えたり指示を出したりはできるのだから」。

これによってBさんは退院後、より自分にも周りの人達のためにもなるような
働き方を身につけ、以前のようにがむしゃらな形ではなく、
余裕をもって、しかし安定的に成果を上げられるようになりました。

さらには、同僚や上司・部下ともこれまでよりも意識的にコミュニケーションをとるようになったため、関係性も良くなり、
復職後の職場環境も より居心地良く感じられるようになったそうです。

ネガティブタイプからポジティブタイプに「自主練」する方法

上記の例はわかりやすくするために「事故」というイベントに対する反応の違い、その結果としての現実の現れ方の違いを書きましたが、

実際にはこのような大きな出来事を待つ必要もなく、
毎日を普通に過ごす中でも、一日の終りに振り返り、
それをどう評価するかで、翌日からの自分の人生の質が少しずつ変化していきます。

よく勧められるのが「ポジティブ日記」あるいは「感謝日記」と呼ばれるもので、
その日一日を振り返り、その中で、
どんなに小さなこと、ささやかなことでも構わないので

・良かったこと
・感謝できること
を数え上げて、記録するものです。

書くのは毎日、最低3個以上。(多ければ多いほど良い)
できるだけ、同じことはもう書かない。

これにより、毎日「昨日とは違うことで何か良いことはないか?」
という意識で毎日を過ごし、振り返るので、
良いことを見つける感性を鋭敏にすることができるのです。


ところがメンタル不調に悩みがちな人は、
この逆を自然とやってしまっていることがほとんどです。

つまり、ちょっとくらい良いことがあっても
「それくらいは当たり前」
と感じて喜びも、感謝もせず、
一方で
ネガティブなことは毎日いくつでも見つけ、思い出し、
詳細に記述することができます。

こういう思考習慣が身についている人がポジティブ日記を書こうとしても
当初は
「良いことなど、特に思いつけない」
「思いついたとしてもごく短い簡単な表現しか思い浮かばない。
具体的に表現できない」
となりがちです。

つまりそれだけ、普段の心の中も
「ネガティブなことに関しては項目数も多く、
一項目あたりもボキャブラリーが豊富で、表現が具体的」
「ポジティブなことに関してはその何分の1程度の語彙や表現力しかない」
ということです。

人間は「言葉で思考し、思考内容で感情が作られる」ものなので、
これではいつも圧倒的にネガティブな感情状態になってしまっているのも当然のことです。

「反省」のしすぎも不幸をもたらす

嫌な出来事に対して単に怒る、恨む、苛立つ、あるいは罪悪感(自責感)を持つ人が最も不幸になりやすいのですが、

「失敗」から学び、改善するために必要だろうと常識的には思われている
「反省」も、
「物事をネガティブな視点から強調して見てしまう」
という理由から、害が大きいことが、最近の研究からわかってきました。

 

これは You Tube 動画「GLOBIS 知見録」(2019年8月26日配信)で
いわれていることですが、

ある研究で、一日の終りに「反省」文を書かせるグループ
「良いこと(成果)」を書かせるグループに分けて経過を見たところ、

前者では参加者の心身の健康状態がどんどん悪化したので
研究を中止せざるを得なくなったそうです。

逆に後者では書くにつれて自己評価が上がり、健康度もアップ。 

ここから見ても、人の受けるストレス度は、出来事そのものよりも
「その出来事を自分がどう評価(意味づけ)するか」
で全く違ってくる、という真実がわかるのです。

 

<関連動画>
楽観性こそが、あなたの人生の成功度を決める https://youtu.be/ZamTWFQfoh8
「幸運」になるか「不幸」になるかは、自分が発する質問次第で変えられる https://youtu.be/z7aEHRSuubY  
完璧主義と自己批判が先送りの原因!自分を許して即やる人になれるセルフコンパッションの鍛え方 https://youtu.be/FyhG0rNwl2E

<参考図書>
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ホリスティック(※)精神科医として、できるだけ薬を使わずメンタル改善する方法を様々に模索し、相談者にご提供してきました。このブログではその中でも特にアート(特に絵画療法)のエッセンスを通じてあなたが自己ヒーリングできるように工夫した情報を発信していきます。 ーーーーー ※ホリスティック:「統合的、総合的な」という意味。ここでは薬物療法オンリーの従来型精神医学の限界を突破するために深層心理学、催眠療法(ヒプノセラピー)その他のスピリチュアル、アロマセラピー、そして精神症状を改善するエビデンスのある分子整合(オーソモレキュラー)栄養療法を通じてメンタル不調を改善することを指します。